ターミナル2010年04月28日 00:05

終末期の医療に対しては痛みの緩和が不可欠であるでしょう。とはいうものの、痛み止めの使用にもの限界があるのが現状である。その為、痛みは極限まで襲ってくる。それに伴い、家族の悲しみは計り知れないと言えるでしょう。たくさんのエンドステージを体験し、人生に幕を閉じる瞬間に立ち会っただろう。その人生やそして家族模様など改めて知る事が出来る。本人はもとより死に向かって旅立つ瞬間を家族はどのように乗り越えなければならないのか、五感の中で最後まで機能されていると言われているが聴覚である。意識消失されているとしたら息が無くなる最後まで耳元での声掛けを促すと必ず聞こえていると言われています。そして、家族も悲しみの中、死と向かい合い、それを理解し、それを乗り越えなければならない。そんな最後の貴重な時間、お別れのときを私たちはもっとも大切にし、精神的なケアをしなければならないと心がけていました。

コメント (4)

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  • 1 2010年05月19日 12:37
    山田 久美子
    3週間前に祖母が98歳で亡くなりました。年齢も高齢だったこともあり、家族も死期が近いことは覚悟していましたが、やはり、家族が亡くなるのはとても悲しいです・・・。最後の2ヶ月は、食事も食べられなくなってしまいましたが、幸いにも痛みを訴えることはありませんでした。体のむくみがひどくなってしまったのは、見ていてとても可哀想でした。
    最期は、あまり会話はできませんでしたが、亡くなる前日まで意識もありました、子供・孫・ひ孫達も、いつもおばあちゃんに声をかけ、手を握ったり、体をさすったりしてくれていました。きっと、最期まで聞こえていたとおもいます。
  • 2 2010年06月24日 02:19
    月田 こずえ
    削除キー
    大好きだった祖母が、91歳で大腸癌になり自宅で療養していましたが、93歳になった今年4月になって今度は肺癌との診断。
    病院では、もう進行が進んでいて三分の二が癌に侵されているのと高齢で手術に耐えられる体力がないので、このまま入院しながら延命処置をしましょうとの事でした。食事が摂れなくなり、ほんの少しの水分と点滴で過ごす大好きだったお祖母ちゃんに病室で逢った時は、今までに経験した事のない気持ちになりました。「もっと、早く逢いに来て欲しかった」そんな気持ちを表情から察し、私は「遅くなってごめんね」としか言葉が出ませんでした。ひ孫を見せると、「可愛いね」とかエッセンシャルオイルをほんの少し垂らした手でお祖母ちゃんの手や肩や髪や首をさすると、「気持ちい」と言ってくれた1ヶ月半前。自分の命と戦いながら、お祖母ちゃんの魂はとても美しく写りました。
    日に日に意思疎通が出来なくなっても、逢いに行くとじっと私の顔を見つめて、左目の目尻に泪が出ています。
    死に対する恐怖感、今まで耐えてきた痛み、家族が入れ替わり逢いに来てくれて嬉しい気持ち。
    痰の吸入をしてくれたり体位を変えてくれる看護士さんに、「お世話になります」と最後まで律儀な姿勢を崩さず、辛い吸入にも一生懸命耐えてきました。もう今週中かも知れません、と担当医から申告を受けて2週間経ちました。
    悲しんでばかりもいられない自分の日常を過ごす中、少しでも痛みの無い旅立ちになってほしいと祈ります。
  • 3 2010年10月30日 18:24
    山田 久美子
    祖母が亡くなり半年が経ちました。やっと祖母の死を受け入れることができるようになりました。今は、祖母の孫として生まれてこれて、一緒に生活できたことにとても感謝しています。

    祖母が入院中に感じたことがいくつかありました。
    私が病棟で働いていた頃と違い、今は電子カルテになっています。バイタルサインや、観察した状態をその場で入力していきます。私が見る限りでは、その入力にかける時間がとても長く感じました。もっと、患者さんとのコミュニケーションの時間を大切にしてほしいと思いました。もちろん、忙しい仕事中なので、無駄話する必要はありませんが・・。何も声をかけずに淡々と観察して、処置をして、入力して部屋からいなくなる・・。残念ながら、そんな看護師さんが何人かいました。たとえ意識があまりなくても、聞こえないかもしれないけど、やっぱり声をかけてくれると家族としても、うれしいものです。なかには、担当ではない時に部屋に来てくれて、声を掛けてくれたり、家族の相談にのってくれる看護師さんもいらっしゃいました。患者さんや家族は、きっと私たちが思っているよりも、医師や看護師の行動を見て、分析しています。私も日々の業務の中で見られている立場であることを忘れずに行動していきたいです。

    そして、看護するときは、患者さんの事を自分の大切な家族を看ていると思いながらケアすると、とても良い看護が出来ることを実感しました。シーツがしわになっていないか、体位変換の枕の位置は良いか、口の中はきれいか、ナースコールや吸いのみなどがすぐ手に届くところにおいてあるか・・・などみていると、大切なのに意外ときちんとされていなくて、面会に行くたびにやっていた気がします。

    終末期は、積極的な治療よりも安楽な生活が送れるようにすることの方が大切です。日々の生活が少しでも快適に暮らせるようにケアしていけるといいと思います。
  • 4 2011年05月10日 23:17
    加藤 みずほ
    私の祖母が亡くなった病院では、なかなか口の中まで手が回らないという感じでした。見舞いに行った母から口の中がすごいと言われ、私は毎日祖母の口腔ケアに通いました。やはり身内としては、大勢の中の一人なんだな・・という実感を受けました。

    実際は時間に制限などあるかと思いますが、患者さんの身になって関わっていけたらと思います。

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